真実の姿はすぐそこに在る2010/10/05

本音を語ること…。
本心を伝えること…。
本気で挑み続けること…。

真実の自分をさらけ出すことって、
本当は、大変なコトなのかもしれません・笑。

多分誰もが、そんな自分を知らないのではなくて
ただ、さらけだせないでいるだけのように思います。

単純に考えれば、判っているのだから
表現していけば良いだけのこと…なはず!

だけど、思考的な人ほど
単純には、言い表せないのだろう。

何故ならば理由は単純で、
賢いからこそ、センターに立ってしまうのでしょう。

善もあれば悪もある
成功があれば失敗もある
太陽が昇れば月も昇る…ような、

双方を見尽くした、意見から動けなくなってしまうのでしょう。

意識はそれがベストではありますが、
行動を追いつけなければ、現世がついてこなくなってしまいます。

意識で道幅を確認したら、
それらを確かめに動かなければなりません。

そうでなければ、気持ちの葛藤が続くばかりになってしまいます。

善悪も、直に見なければ判りません。
成功も失敗も、その中身次第だと思います。
太陽も月も、役割があるから交互に入れ替わっている。

実際には、自分の目で見て触れてみなければ
真意のほどは、判らないものなのです。

それぞれに、真実があるのではなく
それらと対面した時の、自らの中に答えが宿るのです。

だからこそ、右往左往しようが
実際に、確かめてみるしかないのです。

理想的な自分を打ちたてて、
その自分に追いつこうとした時に

真実の自分は、すぐそこに在ることを
きっと誰もが、感じとることでしょう!

自分を押し上げるのも自分であれば、
理想的な自分を、追いぬくのも自分自身なのです。

走るか走らないか、それを決めるのが人生の決断と言えるでしょう。

わたしなら、たった一度の人生ですから
自信はなくとも、期待できる未来へ歩み続けたいと思います。

則天去私を生き様とする2010/10/16

則天去私(ソクテンキョシ)という言葉
皆さまは耳にしたことはありますか?

有名な話しでは、夏目漱石が理想とした境地の例えなどでしょう。

自分本位の考えを捨て去り、自然の中でモノゴトを見極める…
すなわちは、小さな自分の考えに捉われず自然に身を任せる生き方。

そんな、自然体であることを唱えた言葉です。

私が、夏目漱石を目指せるワケではありませんが・笑。
ただただ、単純に同感できる言葉なんです。

考えること…。
動くこと…。
果たすこと…。

ごくごく当然なことなのですが、

日々それらを区切りながら、ひとつひとつ考えてばかりいると
時にはその考えすら、自らにうっとうしく感じてしまうこともあります。

人として、より良く見られたいから
そのような努力をしているのか…

そんな疑問すら抱いてしまうからです…
だからこそ、その考え方はNOなんです。

いま此処に立っていることさえ
10年前に考えてみたら奇跡です。

商いとして考えれば、尚さらのことですが…。

だからこそ、自然な成り行きの中で
自らが選択し受け入れてきた結果なのです。

そう考えれば、全ての流れも結果も
自然と天の思し召しとさえ思えるようになりました。

結果が良かれ悪かれ、意味があって此処にいるのだと思います。

その感覚は、決して宗教的な教えなどではなく
ただ単純に、自然の流れとしか言いようがありません。

だからこそ、恐れが生じることもなく
日々を受け入れられていられるのでしょう…笑。

してあげている…もなく
してもらっている…でもなく
私が偉いワケでも、もちろんないのです。

ただお互いに、縁あって出会い
必要な言葉と時間を共有し受け入れているのです。

その感覚が目覚めてくると、
「ココロ開いていれば、人生に計画は必要としない…。」とさえ
本心から思えるようになっています。

人としての根本は、本来そのようなものなのだと
頭でっかちな現世に対して、唱え続けているのでしょう。

自然な流れで辿る未来ならば、なんの後悔もありませんが、
現代のような、人の関わりが不自然なままでは期待も出来ません。

もっと単純に、お互いに声を掛けあえる
そんな自然な関わり愛を、これからも問いかけていきたいと思います。

自然な未来は、ひとりひとりの自然な生き方に掛かっています…
明日ひとつ、自然な考え方を取り戻してみましょう。

If…可能性を忘れないこと2010/10/28

さて、先週からずっと出張続きで
なかなか普段の調子が、いまひとつ戻っていませんが

ようやく一息ついた、そんな感じです…笑。

スピリチュアルツアーに続いて、
今回も、伊那・軽井沢・蓼科と…

今年はなんだか、長野に呼ばれ続けています。
ホント、諏訪大社も、なんどお参りしたことか・笑。

そんなこんなで、道中いろんなコトを考えていました。

もしも、このまま長野に移住したら…
もしも、生まれつき宮司だったら…
もしも、町内きってのお祭り男だったら…とか

そんな、もしも…しりとりみたいなことですよ!

やるからには、もちろん真剣に想像してみました。

長野に越すのは可能だが
住みよいだけで仕事場としては難しいかな~とか?

これまでに宮司さんにスカウトされたことが
実はある私ですが、お勤めがこなせるかどうか疑問ですな~・笑。

町内きってのお祭り男…
これはあり得るかもしれない、実際に周囲を巻き込むのは得意ですし
ただ都心では、なかなか行事とは巡りあいませんけど

どれもこれも、想像と落着の繰り返しなかりですが
しかし、本気で一歩踏み出せば可能なことばかりかもしれません。

試していない内は、決して諦めなどしない私のコトですから・笑。

そんなこんなを考えている内に
人生の可能性は、これほどに豊かであるということを思い出しました。

いや~、クリエイトすることを忘れてた~。

そんな当たり前で、こんな単純なことなのですが
人生の始まりなどは、そんな些細な思い込みから始まるものです。

あなたも、普段の自分の暮らしぶりを
先入観だけで決めきっていませんか・・・?

もしも、笑い続けられるあなたなら…
もしも、素直に動けるあなたなら…
もしも、幸福だけを求めるあなたなら…

一歩踏み出せば、可能な人生となり得るのですよ!

人生において、絶対という答えはありません…
それならば、幸福に基づく「もしも~」があったとしても
それは、決して夢物語ではないのです。

たまには、普段のサイクルを離れてみて
自分の理想を掲げた時間を過ごしてみませんか?

もしも、理想的な人生を見落としていたのなら
それは、大きな後悔ともなり得るのです。

理想的なif・・・唱え続けてみてください。